「あの人、表裏あるからね〜。」
誰もが聞いたことがあるこの台詞。多くの場合、誰かの事を悪く言うときに使われる。
私にはこう言ったのに、あの人にはああ言った。それが不快だ。気に食わない。あの人は私の前でいい子ぶっている。
自分に対してきちんと向き合ってくれなかった寂しさ、分かち合いたいのに分かち合えなかった悲しさから、人はそういった言葉を口にする。
不安で、不快で、嫌な気持ち。
何であの人は―。あの人って―。
飛び出そうになる言葉を飲み込む。
少なからず、誰もが抱いたことのある感情だろう。
だけど。これを。自分自身を見つめ直す機会に出来ないだろうか。
こう考えることは出来ないだろうか。
人に表裏なんてあって当たり前だ。
今自分が見ている方向から以外の見え方があるなんて、当然のこと。
それによるすれ違いが起きてしまって、傷つけてしまったり、傷つけられてしまったり、それもあって、当たり前。
だって、人は。
人は、表と裏で表せるほど薄っぺらじゃないんだよ。
人はもっとデコボコで、見る角度によっては◯にも△にもなって、透き通るほど繊細で指で押すとパリッっと音を立てて割れてしまうような部分がある。
と思ったら、図太く象が踏んでも決して折ることは出来ない巨木ようなパーツが組み合わさってできている。
平らな面もあれば、アイスピックのように鋭く尖っていることもあるだろうし、低反発枕のように柔らかくて包み込んでくれる部分もあるだろう。
デコボコ同士がたまたま同じタイミングで同じ地上に生まれ、たまたま関わることになった。そんな社会で、誰もが分かり合えるわけなんてない。
そんなデコボコ同士がピタリと隙間なく手と手を取り合うなんて、無理に決まってる。
でもね。だからこそ人は、魅力的だと。
もし人に表と裏しか無かったら、なんてつまらないんだろう。自分が見ている面の他にはもう1つしか面が無いなんて。そんな簡単に全てを知り得ることが出来るなんて。
人は自分の知らないことが怖い。知らないと不安になる。
だから、誰かの知らない面を感じると、怖い。見せてくれなかったことに腹が立つ。
何で全てをさらけ出してくれないんだろう。
全部を見せてよ。受け止めたいんだ。なのに。
なんで。なんで。
寂しいよ。悲しいよ…。
でも、どんなに望んでも、相手のことを観察しても、全てを知るなんて出来やしない。たとえ親でも、親友でも、愛する子どもであっても、それは出来ない。
人と人は全てを分かち合うことは出来ない。
それでも。
私たちは、必死になって分かち合おうとする。
知り得ない全てを知ろうとする。
だからこそ、人は互いに惹かれ合う。
その目に、魅力的に映る。
ああ、あの人に自分の知らないところがある。
どんなに努力をしても垣間見ることすら出来ない魅力がある。
もっと、知らないあなたを知りたい。
もっともっと、あなたを好きになりたい。
こんな気持ちを持たせてくれて、ありがとう。
あなたに会えて良かった。
人は表と裏で表せるほど薄っぺらじゃないんだよ。