発信を辞めて分かった「やらなきゃいけないこと」の意味。

ABOUTこの記事をかいた人

パン職人。大学不登校→就活から逃避→「好きなことして生きる」とパン職人に→適応障害になりつつ5年間修行→店長を経験→28歳で鳥取にUターン。筑波大卒。




ここ半月ほど、発信を辞めていた。

Twitterを最後に更新したのは7/31だし、Facebookもブログも更新していない。発信をしない、ということは周囲から見れば活動をしていないのと同じだ。この半月、対外的に、活動停止していたともいえる。

もしかしたら「あの人最近どうなってんだろう?」と思ってくれた人もいるかもしれないけど、ほとんどの人は発信をしていないことも気づいていないだろう。だって、僕が逆の立場だったら気づかないだろうから。

なぜ発信を辞めていたか。

その答えは自分の中でも未だ曖昧で、言葉で正確に表すことは出来ないかもしれない。だけどそれでも、今の自分の思いをここに残しておきたいと思う。

 

なぜ発信を辞めていたか

それは、発信が「やらなきゃいけないこと」だったから、と思っている。

「好きなこと」や「やりたいこと」って、労力が要らない。気づいたらやってしまっていることだ。僕にとってそれは、パン作りやサッカー、弾き語りといった、今まで熱中してきたことたち。

じゃあ一方で「やらなきゃいけないこと」は何かというと、労力がかかること。よし、やるぞ、えいや!って掛け声が必要なもの。たとえば、部屋の掃除とか。

僕にとって発信は、いつの間にか「やらなきゃいけないこと」になっていた。

独立して自分自身の力でお金を稼げるようになる、自分のパン工房を作って仕事をする、それを実現するために発信を始めた。何者かになりたかった。少しでも皆さんに知ってもらいたかった。

そんな思いで始めた発信活動だったけど、それはいつの間にか「やらなきゃいけないこと」になり、発信そのものに楽しみを感じることは少なかった。そんな現状に違和感を感じた。

 

そもそも発信が苦手だ

そもそも、僕は発信が得意じゃない。言葉を紡ぎ出すことに労力がかかる。親しい友人にならどんどん言葉が出てくるのに、いざキーボードを前にすると言葉が出てこない。

以前書いたブログの記事に対して、「すごく分かりやすい」とか「文章上手だね」なんて褒められたこともあるけれど、それはきっと時間をかけて何度も修正した文章だからそうなのであって、発信を継続することとは別の能力だ。

コミュニケーションに長けている、と言われることもある。だけどそれは相手がいるから出来ること。

僕が相手とコミュニケーションをとるときは、相手が話しやすいように会話をコントロールすることが多く、その合間に自分の話をする。だから、自分の話を一方的にしなければならない発信とは全く性質が違う。

SNSやブログの発信はこちらが一方的に話さなきゃいけない。相手に一方的に伝えなきゃいけない。それが苦手だ。

だから実際に人と会って話をする場合でも、一方的に自分の話をする人はどうも苦手だ。どちらかというと、お互いがお互いに質問し合って相手の話を引き出していくタイプの人だと馬が合う。

そういった理由で、「やらなきゃいけないこと」に対して億劫になっていた。

 

それでも発信を再開しようと思う理由

ここまで、発信を辞めていた理由を書いたけれど、それでも僕は発信を続けていこうと思う。

それは、発信は「やりたいこと」のための「やらなきゃいけないこと」だからだ。

自分自身の力でお金を稼ぎたい、パン工房を作って沢山の人に喜んでほしい、そういった思いを実現するために、自分のことを知ってもらうのは必要なことだ。

ましてwebやSNSがこれだけ普及しているのに、使わない手はない。幼い頃からパソコンやインターネットが大好きで、散々遊んできた。その経験が活きるのは、きっと今だ。

そして何より、今まで発信してきたからこそ声をかけて下さった方が沢山いる。応援してくれている方も増えた。その一人ひとりの方々に、「今こんな感じでやってます」と近況を報告したい、その気持ちが間違いなくここにある。

物事は思うように進んでいない。一歩一歩前進はしているけれど、とにかく遅い。その状況に対して当然不満があるし、その状況を作り出している自分自身に腹が立つこともある。

それでも、今の自分の実力をそのまま認め、自分に出来ることをコツコツと積み重ねて、ひたむきに進む。やれるのは、それだけだ。

 

長々と書いてしまった…。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

こんな僕ですが、今後も応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。